Web clip 07/3/30

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あーうーあー
 
・Flickr画像 from "α - Sony Alpha dSLR Cameras" group
FlickrPhoto salve simpatia
 
FlickrPhoto cliche photo #4
 
FlickrPhoto golden sunset

 
昼間はいっしょにいたいから (北沢かえるの働けば自由になる日記)
母親がスノボに出かけて長男が焼死した事件 (愉快痛快(^_^)奇奇怪怪(*_*;))
 そうか夜働きに出ていたときは子供ひとりだったのね.....
 下エントリは略さず全文を起こしています(上にないのはちょっとだけですが)。
 
デジタル一眼による“リビングフォト"セミナーレポート ~生活の中の感動を残すために (デジカメwatch)
 室内での花の撮り方など。なるなる。こういうのはたしかに大口径単焦点が合うなぁ。
 
「血液ドロドロ」実はウソ 健康食品や寝具、悪徳商法にご注意 (iza from 雅楽多blog)
 fyi.
 
ネットサーフィンのお手元に (Google Japan Blog)
 fyi. Operaで開いたらブラウザ落ちました(泣 (IE,FireFoxだけと書いてあります
 
近代国家の外の風景 - 高野秀行『アヘン王国潜入記』(集英社文庫) (おおやにき)
 読んでみたいのでメモ
 
・(画像) I see your sock kitteh and raise you an even smaller kitteh (Cute Overload)
 2枚目にやられた
 
小児科医の自殺は過労死、東京地裁が労災認定の判決 (その4)民事訴訟は一転して過労死を認めず@3/29東京地裁 (天漢日乗)
 fyi.
 
 
 
以下 from 愛・蔵太の少し調べて書く日記 ブックマーク・RSSから 3/31
山梨県議選挙にいじめっ子の親が
 なんとなくpickup
 
模倣する文化 -ツンデレニーチェたん!-
 へぇぇぇぇ
 
 
 
以下 OhMyNews記事
街の景観を守るため、自分たちのできること - 湘南・鵠沼(くげぬま) 「ニコニコ自治会」の実践
 just info.
 
中国ネット検閲の犠牲者になって - 現実的な解決方法を見出せるのか
 just info. 英語版からの翻訳記事。ライターは中国の人です。
 
旧日本兵に聞いた「従軍慰安婦」問題 - それは本当に存在したのか否か
 fyi. 83歳の人に聞いた話です。
 
春を待つ東オホーツク - 青い空、波打ち際には真っ白な流氷がぎっしり
 写真が綺麗だったので
 
やめられない止まらない~村井理子コラム
 ネットショッピングの話。バルーンいいなぁ。
 
バルカン半島東進、走行距離1万キロへ - 「銀色の轍」~自転車世界一周40000キロの旅(33)
 興味深い部分を引用

 ブルガリアでは似たような体験が何度かあった。商店でパンを買ったときの店員の言葉は「メルシィ」とフランス語だったし、英語の国際語としての認知度が低いのだ。
 
 しかしそれ以上に戸惑ったのは、首の振り方が逆だということだ。これはブルガリアに特有の慣習らしく、肯定のときに首を横に振り、否定のときにうなずくのだ。うわさには聞いていたものの、実際目のあたりにすると、かなりの違和感があった。
 
 店の店員が「ダー」とほほ笑みながら首を横に振る。それは「だめだー」という拒否ではなく、「いいですよ」という了承の意味なのだ。ジェスチャーは万国共通だなどとよくいうが、それは幻想であると知った。

 

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Comments [8]

スノボの件、やるせないね…。

まったくです(涙
いろいろ考えると言葉になりません。

スノボの件について。
しばらく考えていたのですが、どうしてもこの母親には同情できません。
冷たいと思われるかもしれませんが、人一人死んで、不起訴処分はない。

うちの人を見ていると、2歳児を1人で置いて出かけるなんてありえません。
「普段きちんとできているから」2歳児が、何を1人できちんとできるのか。
「一人で育てる気持ちが強かった」「誰にも相談しなかった」これは責任感なのか。母親の身勝手じゃないのか。
結局母親にとっては、もう子どもには会えないという最悪の結果になってしまったのですが。

もちろん行政の不備も、この事件の発生に加担した(のだと思う)。
「一人で育てる」「昼間は一緒にいたい」「がんばって働いたから息抜きしたかった」という母親のエゴに殺された(あえてこの表現)。

育児真っ只中のシングルマザーが、皆こんなんだったらどうするんだと思いました。
息抜きがパチで、炎天下車中に放置された子だとしたら処分はどうなってるんでしょう。

A新聞含め、リンク先もあまりにも母親に同情的な書き方だったのでつい。

(このコメントは一旦upしてからかなり書き換えました...余計に悪くなった気もしますが...)
 
まごさん、こんばんはー。
 
うん。そういう考え方ももちろんあるでしょうね。
>母親のエゴに殺された(あえてこの表現)
母親に殺されたというのは厳然たる事実で、それは刑事罰を受けても受けなくても何も変わりません。子供は帰ってきません。
私はこの人は刑事罰なんてものよりもはるかに重い業を背負ったと思います。それで十分ではないかと思います。
 
もちろんこのあたりの線引きはとても微妙です。
 
毎日のように22-4時までのアルバイト(自転車で20分)ということは、少なく見ても7-8時間は家を空けていたのでしょう。もちろん子供はその間中寝ているわけではなく、起きることもあったでしょうし、昼間母親が寝ている時間もある意味一人で過ごしているようなものだと思います。
想像ですが、朝ご飯を準備しておいて一人である程度食べるというような感じになっていたのではないかと。
こういったことも全て許されないかというと結構微妙でしょう。
(もちろんこれらが全部許せないという人もいるでしょう)
 
パチ屋の車の中放置は言語道断ですが、家に子供ひとりでいるという状況は、その背景によって虐待・管理放棄かどうかは微妙だと思います。日々の生活の中に7-8時間不在が組み込まれていて、ある程度食事も取れる(というかそうせざるを得ない状況にあった)とすると、そこでその時間を延ばしても大きな問題にならないだろうと思うのは理解できなくありません。(自分がそうするかはまた別の話として)
いつもと同じようにしていて火事が起こるなんて想像もしていなかったでしょう。
 
管理責任という意味では、例えばほんの数秒目を離したら車にひかれてしまったという話もあるわけで。
事故が起こる確率というのは可能な限り下げる必要があるわけですが、どんな時でも0にすることはできません。
この人の場合は毎日ちょっと分が悪いさいころを振っていたわけで、でもこれまでは何も事故は起こりませんでした。じゃあ今日は3回振りますか、とお出かけしたら3回目に初めて最悪の目が出たと。
 
これまで何百回も振っていてそんなことはなかったのに....
 
その勝負をしていたのは間違いですか?  →多分間違いでしょう
ではその勝負をしていたのは違法ですか?
そんな何度も振ってたら悪い目が出るのは当然ですか?
続けざまに振ろうとしたのがいけないのですか?
どうしてそんなタイミングで出るのですか?
 
→ God only knows.
 
 
 
子供を失うというのは本当に恐ろしいことですね。
そして多かれ少なかれ誰もがダイスを振って生きています。絶対に安全なこと、なんてありません。
ある意味、誰にでも起こりうること、とも思えます。
生きてるって素晴らしいですね。子供を、家族を大事にしたいものです。
 
ところで、私は子供を失うことに比べれば刑務所行きなんてなんでもありません。もちろん状況や事情によりますが、今回は刑事罰があるかないかなんて、大した問題ではないと思います。
このことで刑事罰を与えることが、他のケースの抑止力になるとは思えませんし。
 
というわけで書き直したらものすごく長く、かつ余計にひどくなった気がします。
とりあえず、私は「同情」はしてないつもりです。
母親に責任があるのは明白です。
しかしこの人を責める気にはまったくなれません。
「やるせない気持ちでいっぱい」でしょうか...
 
# というわけで思ってることをつらつら書きましたが、別に説得したいわけでもなんでもないですので:) plsスルーw

こんにちはっ。
書き換え前の文章も読んでました。んで、うーん、と考えこんでいました。
(少なくとも、悪くなってはいませんよー)

スルーできないところだけ。(と言いつつ、長文なんですよ。読み飛ばしてください…)


nniさんは、「子どもを失った母親は、刑務所に行くよりも重たい罰を受けた。だから、これ以上の罰は必要ない(と思う)」とおっしゃられているということでよろしいでしょうか。


これについては、半分は同意できます。
刑事罰を課したからと言って、抑止力になるかという点についてはその通りだと思います。
おそらく、この手の事件を起こす親は、事件の処分がどうだったかなんてことは気にしない。
しかし、
1.失火したという点に対する過失
今回は、自分の子どもだけが被害者でした。だから良いのか。重大な過失はなかったのか。
次に、
2.子どもの人権
子どもは、親の所有物ではない。亡くなった子どもに人権はないのか。
国が代わって賠償を請求しないのか。
この2つから、私の中の人の半分は、刑事罰を請求する形をとり、少なくとも司法に判断を仰ぐべきだと思ったのです。
(法律には疎いので、この程度の認識です)


『留守番』とは、万が一火事が起きたら消防署や近所に通報でき、逃げることもできる。
泥棒が入り込んでも警察に通報できる、家を守ることができて「できる」と言えると思います。
これらができないなら、『留守番』させるのはあまりにも危険なことに遭遇させる確率が高いと思われる。
少なくとも、小学生になるぐらいまでは子どもだけでは家には残せない。
2歳児を置き去りにした。彼女に認識がなくても、理由がどうであれ、虐待。
(確かに線引きは微妙です。しかし、結果的に子どもは死んでいる)


絶対安全なことはありえない。子どもが親より先に死ぬこともある。この点も同意です。
しかし、今回のケースは誰にでも起こる可能性があることではない。
日常気をつけていて数秒目を離して事故に遭ったというのと、日常何時間も放置していて事故に遭ったというのはまた別かと思います。
少なくとも私は、もしも子に何かあって、このケースと一緒にされると辛いです。


親は、子どもに危害が及ばないよう、無事に大きくしようと努力しますよね。
できるだけ、子どもが無事に成長できるような選択肢を選ぶ。
散歩中も気が抜けない。手も離せない。
通る道路ひとつ選ぶにしても、「この道を選んだら事故に遭うかもしれない or 遭わないかも知れない」とか考えたりするのです。
でも、そんなことは道路を通ってみなければ分らない。
親が子どもを守る努力をした上で、子どもに何かあったのなら、それはもうどうしようもないです。


>私は子供を失うことに比べれば刑務所行きなんてなんでもありません。
これも同意。それが普通の親だと思います。


>(もちろんこれらが全部許せないという人もいるでしょう)
あ、私です。2歳児なら絶対NGです。過保護かもしれないが、命には代えられない。
しかし、幼児を家に置き去りにして出かける親は、実は結構多いのでしょうか。(買い物とか)
とりあえず私の周りには見当たらなかったのですが、何が普通なのかは分りませんね。


>やるせない気持ち
同意です。しかし、私には怒りの気持ちもあります。子どものため、少しでも分の良いサイコロを振れるようになって欲しかった。


このケースを擁護する方とだと、おそらく議論しても平行線をたどると思ったのですが、
nniさんは少なくとも擁護や同情してはいない、ということで安心しています。


子と暮らしていると、特に誕生日を迎えたりすると、よく今まで無事で生きてきてくれたと思います。
幼い子をたくさん見送ってきて、「成人するということは、もしかしたら幸運の連続がないと叶わないことなのではないか」と思ったりもします。
子どもは、命に代えても守りたい。
それは、もしかしたら彼女も同じ思いだったかもしれないですね。


と言っている間に、3歳児が両親不在のマンションから転落してますね…。
このケースはどうなるのでしょうね。


同じく私の思いです。誤解があったり変なことを書いていたらすみません。

どもども。
 
>nniさんは、「子どもを失った母親は、刑務所に行くよりも重たい罰を受けた。
>だから、これ以上の罰は必要ない(と思う)」とおっしゃられているということでよろしいでしょうか。
 
そうですね。これはどちらかといえば心理的な話です。
あと、起訴しないという警察(検察?)の判断については、このケースでは十分に過失があると立証できない、ないしは裁判所がこれを有罪と判断しない可能性が高い、ということであったのだろうと思います。
基本的に有罪に間違いなくなるものしか立件しませんので。
 
子供の人権うんぬんなどについては、法律・憲法論になってしまう(と思う)ので私は触れないことにします。
十分な知識もありませんので。
 
あとちょっと思ったのは
 
>少なくとも、小学生になるぐらいまでは子どもだけでは家には残せない。
>2歳児を置き去りにした。彼女に認識がなくても、理由がどうであれ、虐待。
 
年齢などで一律に判断できるものではないだろう、とは思います。個々の事案や背景によって評価されるでしょう。
また、今回「置き去り」にしたことでその子が死ぬ可能性があることを事前に予見できたかというのもポイントかと。
確かコタツかなにかから出火したのではないかと思うのですが、今まで生きてきてコタツがもくもくいったことがある人は少ないでしょう。もちろん子供が水をこぼしたとかそういうことじゃないかと思いますし(推測ばっかりですみません)、一人にしておいたから悪いというのはもちろんその通りです。
 
また、その上の「留守番」の話は、例えば年齢がいっていてもそういうことができない子供もいます。(身体or精神的に)
いや火事なら年齢がある程度いけば逃げられるとは思うのでそのまま該当するわけではないのですが。
ま、こういうこと言い出すとキリがないというか揚げ足取りそのものなので(汗
 
最後に、私の家族(ならびに私自身の子供時代)は両親がいて、ちゃんと勤めにも出ていてといういわゆる幸せな家庭なわけで。
シングルマザーで働きながら子育てをするというのは、(悪い意味ではなく)想像を絶する世界です。
金銭的に、また、将来に向けての安定感という意味でも常に追い詰められていただろうと想像します。
それは私にははかりしれない世界であり、「息抜きがしたかった」ということを簡単に断罪できません。
人はそんなに強くないと思います。
 
>「成人するということは、もしかしたら幸運の連続がないと叶わないことなのではないか」
 
年齢を問わず、生きている、ということ自体が奇跡の連続ですね。
では。

こんばんは。
今日も主観だらけで長いです。恐らく、これで最後になるかと。

>起訴しないという警察(検察?)の判断については、このケースでは十分に過失があると立証できない、ないしは裁判所がこれを有罪と判断しない可能性が高い、ということであったのだろうと思います。
基本的に有罪に間違いなくなるものしか立件しませんので。

この事件について検索してみたのですが、今回は結局有罪にできるような適当な法律に当てはまらず、そのために立件ができない。ということですね。
A新聞が温情モードで書いていたのに飲み込まれ、勘違いしてました。


>少なくとも、小学生になるぐらいまでは子どもだけでは家には残せない。

ここ私の考えです。私が親ならこうするということです。分りにくくてすみません。
もちろん、年齢だけではなんとも言えないです。私が小学生になった時には、留守番はできなかったです(笑
一番上が12歳で両親不在時に兄弟全員焼死という事件、両親不在時に火事になり小学生長男が兄弟全員助け出した!という話もあるので、小学生でもできるかどうか分りません。
結局、死ぬとか怪我をするとか、何か事故が起きるまで、「できる」かどうかの判断が正しいのかは分らないものなんですね。
大人だって就寝中なら普通に逃げ遅れて死んでしまいますし。(本当にキリがない)


>2歳児を置き去りにした。彼女に認識がなくても、理由がどうであれ、虐待。

いっそのこと彼女に事故を予見できなかった程度の判断力?知能?(どう表現してよいやら)しかなかったのだったら、まだすっきりします。
仕事に育児に忙しく、疲労で心神喪失状態になってスノボに行ってしまった、というのでもいい。
しかし、誘われた時に彼女は迷った。そして、行った。ここに冷静さを感じて情けなくなるのです。

この2歳児は、自分で二人用の小さなコタツをひっくり返し、そのためコタツと電気カーペットの接触部分の熱が上がり出火したらしいです。
本当に何をするか分らないですよね。うちの人も斜め上を行ってます。


人権云々は、私も知識ないです。大風呂敷広げました。
被害者は2歳児であることは間違いないのですが、この2歳児の立場を代弁する人がいないということです。
母親が一人で辛かったろうと言う人はいるけれど、一人で寂しかったのは子どもの方だろうと。
死んだ子どもの、寂しかった、恐かった、熱かった、たくさん泣いた、ということを想像して語る人がいない。
母親の不幸だけがクローズアップされる。そこに憤りを感じます。
(A新聞は、あまりにもお涙頂戴温情モードなので、「世間が悪い!行政が悪い!安倍が(ry」と持っていくつもりなのかと深読みしました)


私が感情的になって、この事件を冷静に見られないのは、自覚しています。
理由は、熱傷の、それこそ老若男女看ていたためです。亡くなった人も多い。(大人は火傷が多く、子どもは熱湯による熱傷がほとんどですが)
人が焼け、死ぬという様を、知覚でリアルに感じることができます。
この経験は、多少トラウマチックになっていると思います。
そしてこのような事件があると、フラッシュバックのように焦げ臭さを思い出し、息子に重ねて見てしまいます。
一人で家に閉じ込められ、火事が起きても逃げられない子どもの恐怖を想像して泣けてきます。

あと、就寝中に、座布団型ホットカーペットの熱線が切れ、布団が焦げる臭いで目覚めたことがあります。
布団に穴が開いただけで、死ななくて良かったです。恐いですよ電化製品。コンセントに埃つもると発火します。(掃除しろと)


「息抜きがしたかった」私もしたいです(笑)。nniさんも息抜きがしたいことがあると思います。
でも、私もnniさんも、おそらく子どもを家に置き去りにしてまでは息抜きはしない。なぜでしょうね。
追い詰められていないから?生活に困窮していないから?

子育て中で手が離れない時は、趣味の中断は必要です。多数の親がそうやって子育てをしてきている。
これが当たり前のことでないなら、私達も褒めてもらいたいものです。

彼女が自分でどうしようもなかった不幸は、夫が蒸発したということだと思います。
冷たい言い方をしますが、それ以外は全て自分で選択したこと。(両親や行政に援助を断られたというなら別ですが)
彼女もまだ若く、また子どもを育てることがあるかもしれません。
その時のためにも、何が自分には必要だったのか、どうすることができたのかを深く考える機会があればいいですね。


日本は虐待の定義がはっきりしていない。子どもは親のものという考えも根深いと思われる。児童虐待防止法改正で状況は大きく変わるでしょうかね。
幼児が放置されて犠牲になることがないよう、早急に法整備をしてもらいたいものです。


自分のblogでやればよかったですね。(迷ったのですが、A新聞を取っていないため元記事がありませんでした)
スペースをお借りした上お付き合いいただき、すみませんでした。
人の家のことが長々と書けるのも、自分が幸せだからなんでしょうね。
次は、楽しい記事にコメントさせていただくことにします。ありがとうございました。

まごさん、
長文お疲れ様です:) (注:いやみではなく)
 
私のサイトは基本ゆるゆる路線ですので、たまにはこういう議論も良いですね。
>スペースをお借りした上お付き合いいただき、すみませんでした。
そんなことは全然ありませんよー。
 
子供の人権という話はなかなか難しいものだなぁと。考えるいいきっかけになりました。
また、まごさんのポジションと私のポジションは結構離れているようにも思います。(どちらがいい悪いではなく)
私は結構冷めてるというか、感情的でない部分がかなり大きいんだと思いますね。それは例えば
 
>被害者は2歳児であることは間違いないのですが、この2歳児の立場を代弁する人がいないということです。
>母親が一人で辛かったろうと言う人はいるけれど、一人で寂しかったのは子どもの方だろうと。
>死んだ子どもの、寂しかった、恐かった、熱かった、たくさん泣いた、ということを想像して語る人がいない。
 
このへんのことについてあまり考慮しようと思わない、というあたりに現れています。
個人的な経験がない甘ちゃんであるという説が大アリなのですが...
 
ただ、法律・司法系のモノの考え方は、びっくりするほど感情的でないなぁと思ったことが過去何度かあります。
法律と過去判例から理論的に導き出すという世界だよなぁと。
まぁこのへんも考え始めるとキリがない話なのでもうやめますw
 
楽しい記事でもツライ記事でもコメントはいつでもwelcomeです:)
では。

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